ポール・グレアム「気晴らしを断ち切る」 - らいおんの隠れ家

たとえばテレビは50年間、洗練された結果、視覚的なコカインの域にまで達してしまった。私は13歳のとき、テレビには中毒性があるとわかったので観るのを止めた。しかし私は最近、アメリカ人は平均してテレビを1日に4時間、観ていると知った。人生の4分の1だ。
テレビは視覚的なコカインの域。人生の4分の1はテレビを見ている。

この新しいタイプの気晴らしの危険に、私が気付くのが遅れた別の理由は、社会的慣習がまだそれに追いついていなかったからだった。テレビを見ながら午前中ずっとソファーに座っていたら、直ちに気付いただろう。それは一人で酒を飲んでいるのと同様の危険なサインだ。しかしネットをしていても、傍からは仕事をしているように見えるし、自分でも仕事のように感じていた。
社会的慣習が追いついてないから。ネットを見ていても仕事をしているように感じる。

私は確実に仕事するための、より大胆な解決策を採用した。仕事用のパソコンとインターネット用のパソコンを分けたのだ。